ゲインオーバー

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それでも『脳男』はダークナイトを目指すのか


no-otoko
どーも、MUGA(@muga_over)です。

キング・クリムゾンが流れる予告編でお馴染みの『脳男』を観てきました。

正直地雷かなと思っていたのですが、蓋を明けたら予想よりも面白い映画でした。

キング・クリムゾンが流れる特報、予告編で損してないかと。。。

あらすじ

都内近郊で無差別連続爆破事件が頻発し、路線バスが爆破される。乗客が全員死亡したその犯行に使われたのは、舌を切り取られた女性の全身に爆薬を巻きつける“人間爆弾”。動機不明の異常な事件を担当する刑事の中に、粗暴だが人一倍正義感の強い茶屋(江口洋介)がいた。犯人のアジトを突き止めた彼が現場に踏み込むと、別の男と格闘していた犯人がアジトを爆破して逃走する。茶屋が確保したその男(生田斗真)は、“鈴木一郎”と名乗った以外、一切身元不明。爆破の共犯者と見なされ、精神鑑定を受けるが、担当医師の鷲谷真梨子(松雪泰子)は彼の態度に違和感を覚える。平均的過ぎる受け答え、正確過ぎる生活行動。その様子を観察した真梨子は、一郎の過去を調べ始める。 あらすじ 解説 脳男 - goo 映画

物語の前半は真梨子が脳男の素性に迫っていく過程で、脳男は感情や痛みを感じず圧倒的な頭脳の処理能力を持っていて、過去に殺人マシーンとして育てられたという事実が明かされていきます。

物語の中盤、真梨子の診断が終わり脳男が護送される途中で、爆破事件真犯人の緑川らに護送車が襲われ、茶屋刑事と部下の広野が負傷、脳男が逃亡した後、物語はクライマックスの舞台である病院に移ります。

予告編に難あり

この映画の予告編は、美しき暗殺者がどーのこーのと言っているのですが、脳男が美しいシーンは案外少なくて、緑川の暴走とそれぞれの正義がぶつかる様が物語全体の楽しさなので、ここそんなに推す?と聞きたくなります。

生田斗真のかっこ良さも確かに大きな魅力ではあるんですけど、映画全体として表現したいのそこじゃないと思うんですよね。

制作側と営業側の不一致を垣間見た気がします。

ダークナイト』を日本でやってみたらこうなった的な

ここから先は完全にネタバレなので『脳男』を観るつもりの人は読まないことをオススメします。

主な登場人物は、素性が不明だが恐るべき能力を持っている脳男、脳男が一体何者なのか調べる真梨子、事件解決を目指す茶屋刑事、連続爆破事件の犯人緑川の4人はもろに『ダークナイト』の登場人物意識してるのかなって立ち回りです。

脳男=バットマン

バットマンは、大富豪ブルース・ウェインという表の顔の裏でバットマンとして活躍し、その武器は会社で作った秘密兵器と鍛えあげられた肉体で、ゴッサム・シティを守るため自らの正義を信じ戦っていきます。

一方の脳男は、元々感情・痛みなどを感じず、圧倒的な頭脳をもって全てを後天的に学び、殺人マシーンとして育てられた特殊な人間として描かれ、痛みを感じないが故の超絶的なタフさと格闘能力で、悪を滅ぼすために凶悪犯などを殺害していきます。

と、両者を比べてみるとかなり差はあるのですが、警察などの組織とは別に自身の正義感をもって悪に裁きを下しているという行動原理に共通点があります。

牢屋の中で自分の体を鍛えるあたりもね。

緑川=ジョーカー

ジョーカーは圧倒的な悪のカリスマとして集団を率い、目標のためならば手段を選ばず容赦なく人を殺したり暴力をふるったりするという狂気な一面を持っています。

緑川はまず女という点でジョーカーとは違いますが、気が触れた少女で、自分の欲望の赴くままに爆弾で人を殺していきますし、その残虐性も描かれています。

ダークナイト』のジョーカーはヒース・レジャーの力で成り立っているんですけど、二階堂ふみの演技はちょっと狂気を演じましたという型にはまっていて今ひとつ足りないは残念でした。

役作りのために頑張ったんだろうなあというのは伺えるんですけど、それが伺えるっていうところに今ひとつな気持ちがあります。

真梨子と茶屋刑事≒ゴードン

ゴードンにしっくり当てはまらないのですが、警察の中で唯一バットマンの味方だったゴードンと、脳男の真実を知り傍に居た真梨子と茶屋刑事はゴードン的な立ち位置で良いのかと思います。

しかし、決定的に違うのはゴードンが市民を守ろうとしたのに対して、真梨子と茶屋刑事は特にそんなこともせず個人的な理由で行動するのです。

正義と悪について

ダークナイト』はゴッサム・シティ全体というスケールで物語が進行していて、そこで描かれる正義と悪は個人のみならず街とか社会という規模での話も出てきます。

しかし、『脳男』はそうしたスケールの正義と悪ではなく、個人が他人を殺すことが是か非かという小さな範囲での正義と悪を描いています。

公僕である刑事ですら個人の復讐や感情で行動してしまって、社会や民衆のために何かを思う・するという人が誰一人出てきません。

ダークナイト』だと、バットマン=理論的な正義、ジョーカー=現実の悪、ゴードン=現実の正義を代表していますが、『脳男』は全員が個人の正義を背負っているので「ああそうですか」と受け入れるしかないんですよね観てる側が。

そんなわけで『ダークナイト』だと感情移入できるんですけど、『脳男』だとそうもいかず傍観していることしかできません。

ダークナイト』には(やっぱり)届かなかった

こんな感じで色々と『ダークナイト』要素を感じつつも、全て今ひとつ足りない『脳男』なのでした。

しかしながら日本映画でダークヒーローものをやるとして、これくらいで面白ければ上出来なのかなと思う気持ちもあります。

うーん、何とも悩ましいんですがそもそもの話は『ダークナイト』と異なるわけで、設定なんかも違うんですから無理に寄せなくても良かったのではないかと思います。

部分部分で『ダークナイト』っぽいという程度でも満足出来ました。

救われない話がどうも好きらしい

さて、『脳男』というタイトルですが、真の主役は真梨子でしてそのストーリーの方が個人的に気に入りました。

ざっくり書きますと、

過去に真梨子の弟は小学生くらいの年齢で、染谷将太演じる志村に誘拐された後に殺されていて、真梨子の母は事件以来重度のうつ病を抱えています。精神科医として真梨子は弟を殺した志村に対して、ナラティブセラピー(真梨子の研究対象)というアプローチで心療を行います。ここでのナラティブセラピーは被害者の関係者と加害者が対面し、お互いにそれを受け入れることで前に進むというものです。その結果志村は少年院から出所可能になるまで回復し、すっかり更生した志村は出所し一人暮らしを始め働くことが決まりました。その後真梨子が脳男の精神鑑定を行なっている際に志村が病院に訪れ、出所の報告をした際、脳男は志村が既に再犯を繰り返していることを悟っています。緑川の事件解決後に、脳男は志村を悪と捉え殺してしまうのでした。そしてテレビでは志村の母親が泣きながら「息子が殺されて他の命が助かったなら良かった」というような発言をします。このテレビを見ていた真梨子の母親は、うつ病治療のために真梨子が以前から進めていたセラピーを受ける決意をするのですが、そのセラピーとは母親と志村を会わせるというもので既に実現は出来ないものだったのです。こうして真梨子は自身の信じていたことを大きく失ってしまうんのでした。

ちょっと読みづらいかもですが、このプロットはグッと来るなあと思います。

真梨子が信じていたものが全て壊れ、裏切られてしまう絶望。更に、それで結果的に人の命が助かったという事実が拍車を掛けて、さらに良いですね。

本編よりこのストーリーの方が面白いってどういうことだよ!こっちだけで映画化したらどんより重く響く内容になったのかなと思うので勝手にスピンオフに期待します。

え、いや本気ですよ?

色々書いて来ましたが、とは言え、『脳男』は適度に考えさせられる話でありながら、ストーリーはすごく分かりやすく生田斗真がかっこ良くて松雪泰子がエロいのでオススメですよ。