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ゲインオーバー

MUGA, I am. 映画のことや英国のこと、加えてゲームやテクノロジーも。気になることを気侭に記していくブログです。

ハリウッド版『ゴースト・イン・ザ・シェル』を観た夜、やっぱり過去作は偉大だと思った



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https://www.facebook.com/GhostintheShellUK/

攻殻機動隊の実写映画版『ゴースト・イン・ザ・シェル』観てきましたよ。スカーレット・ヨハンソンの顔をあしらったポスターはロンドン各所でも見られて、宣伝が大々的に行われていました。映画館の入りはあまり良くなく、公開初日にしては空席が目立ちました。今日は暖かかったからみんな映画なんて観ずにビール飲んでいたのかな。それとも前評判微妙だからかな。

原作オマージュは随所に見られるものの、映像は特に新しくなくストーリーも予想を超えてこず、ハッキリ言って普通でした。極端につまらないとは感じませんでしたが良い映画かと言われると、答えはNOです。攻殻機動隊に興味がない人は観なくてよいと思いました。でも北野武の演技は良かったんじゃないでしょうか。まさか英語を話さず日本語で押し通すとは思っても居ませんでしたが。

新しいことが何もない

この作品は主人公のアイデンティティー、人間の魂に近いゴーストと呼ばれる意思のようなものを扱っています。しかし、サイボーグと人間との間で揺れる心を描いた話を米国HBO作成のドラマ『ウエストワールド』でちょうど去年やったばかりでして、今このタイミングでやられても二番煎じ感が否めません。もちろん制作のタイミングは仕方がないんですが、本作に『ウエストワールド』を超えるものを感じられず、もうちょっと掘り下げられなかったのかなと思います。押井守の映画版は難しいものの、そのあたりの丁寧さ、見せ方が素晴らしかったので。

3Dや戦闘シーンでは一部アニメっぽくしたいのかなと思える箇所もあったのですが、それも特に先進的ではなくどこかで観たように感じられます。射撃シーンでFPS的な画面をやらなかっただけでも褒めるべきでしょうか。日本や中国、韓国も混じった無国籍なアジアの都市の造形は悪くないのですが、結局それもブレードランナーを少し現代風にしている以上のことは思いませんでした。

あと柳下毅一郎氏のツイートが秀逸だったのですが、そう完全に肉襦袢なんですよ。義体なのに。他にも、義体がブラックジャックかよと言いたくなるツギハギだらけの皮膚だったり、あれだけハイテク都市なのに偉い人が乗るはずの車がえらく古かったり、光学迷彩が便利な割に肝心なところで使われなかったりとそうしたツッコミは枚挙に暇がないです。

原作漫画や押井守の映画版は当時先駆けで電脳化された世界やゴーストの問題を漫画化、映像化したから良かったし名作なんだなと改めて思いました。SACもあれだけ複雑な社会派な話かつ当時最先端のインターネットでのやり取りなんかをアニメで取り上げたから良いんですよね。今回の実写映画化では特に新しい点はなくオマージュに終始した印象です。

制作陣が押井守の映画版を本当にリスペクトして真似してるんだろうと思えるシーンはいくらでもあったのですが、こっちが求めているのはそれじゃないんですよ。過去作を観ていない人に、攻殻機動隊の面白さのエッセンスが本作を通じて伝わるのは良いことでしょう。ただ作る側がそのエッセンスを散りばめることに腐心していたら、それは本来的ではなくて結果として映画をつまらなくするだけだと思います。

「日本食が好きだからレシピを見ながらハリウッドの材料・味付けで精一杯作ってみました。しかし単純に元の日本食より不味い」みたいな映画でした。ちょっと自分でも何言ってるか分かりませんが、そんな感じです。ゴーストがそう囁くんだから仕方ないです。

冒頭のあらすじ(ネタバレなし)

サイボーグ製造企業であるHANKA社の工場で義体の一つが作られる。目が覚めた義体に研究者が声をかけ、テロによって怪我を負ったが無事だった脳を義体に移植したのだと状況を説明する。史上初めて戦闘に特化した義体に脳を移植された彼女の名前はミラ・キラン。義体を得た彼女はテロへの復讐を胸に、公安9課という捜査機関に配属され少佐となる。1年後、とある事件をきっかけに少佐は自分自身の存在やアイデンティティーに疑問を抱き始める。

以下、オチまでネタバレがあるので気をつけてください。

いくらかのツッコミ(ネタバレあり)

冒頭シーンでテロリストに襲われて家族を失い義体を得たと説明されるミラですが、その記憶が嘘であることが物語後半で明かされます。本当に申し訳ないのですが、冒頭からこれは嘘の記憶だろうなと感じていました。いくらなんでも唐突だし、本当にそうなら映画の導入にそのシーン持ってきた方が盛り上がると相場は決まってるので不自然すぎるんですよね。。。ごみ収集作業員の記憶がハックされたことが明かされるところ(これもオマージュ)で完全に確信できます。

で、本当は誰なのか。答えは反テクノロジーを掲げて活動していた、この世界の草薙素子(原作や映画版とは全く関係なし)。さらにクゼも素子と同じく活動していたヒデオという名を持つ人間だと分かります。活動の拠点が襲われた後に、二人ともHANKAの手によって実験的に義体に脳を移植されてテクノロジーに利用されたという悲劇を持つわけです。

いや待ってくれ。もしそうなんだったら最初にクゼが少佐と対峙する時はお前の人生は盗まれたと忠告するのですが、事情知ってるんだったら最初から事実伝えろよって話でしてじれったいことする必要ないんじゃないかと。クゼよお前は何がしたいんだ。少佐と融合するためにしばらく待つ必要って本作では見当たらないんですけど。映画版の人形使いは時間をかけながらも少佐を見極めていると取れるのですが、クゼは少佐の過去も含めて真実を知っている状況にあるはずなので待ったなしで少佐を交渉した方が良いのでは。。。英語勘違いしているだけでSAC2のようにクゼは少佐が素子だと気がついていなかったんでしょうか。

そして最後はHANKAのカッター社長操るスパイダータンクに襲われる少佐とクゼが瀕死になる中で、クゼが最終的に融合を申し入れる押井守の映画版オマージュシーンがあります。で、おそらくここで融合がなされているのですがエンディングシーンでは相変わらず公安9課で活躍する少佐の様子が描かれていて、融合の意味合いがよく分かりません。もともと草薙素子だったことに気が付き、さらにクゼとも融合した上でなお公安9課で戦う理由ってなんなんでしょうか。少佐のゴーストの何がそうさせたのか疑問です。

本作のテーマとして自分のアイデンティティーは何か、魂がどこにあるのかという話があるのに、元草薙素子でしたという明確な答えを用意して葛藤が終わってしまうからダメだと思うんですよね。その事実を知ることでの葛藤はあまり描かれていませんでした。仮にクゼはヒデオで良いとしても、少佐は元草薙素子の可能性がありそうという程度に何者か分からなくて良かったんじゃないでしょうか。どうもテーマとストーリーがチグハグしてるんですよね、このあたりも。

スカーレット・ヨハンソンのキャスティング問題

上記のとおりスカーレット・ヨハンソンが演じているのは実質的にただの義体で何人でもありません。なのでスカヨハがアジア人役を奪ったわけでもありません。元々の草薙素子だって紫色の髪をした義体と使っていて、荒巻やトグサに比べれば明らかにアジア人とは異なる見た目で描かれていますしね。

素子の母を演じる桃井かおりとスカヨハが出て来るシーンは、娘が義体を得て姿形も変わってしまったけれど確かにそこに居ること、でも当時の娘は決して帰ってこないことを端的に示していて、スカヨハの代わりにアジア人が演じてたらほとんど成り立たないシーンになると思います。黒人やアラブ人でもいいと言えばそうかもしれませんが、Whitewashingの批判は白人が他の人種の役を奪っているという点にあるわけで本作についてその観点は間違いだと言って差し支えないでしょう。

というわけで、キャスティング問題を気にしている人がいたら安心して見てもらいたいですね。