ゲインオーバー

MUGA, I am. 映画のことや英国のこと、加えてゲームやテクノロジーも。気になることを気侭に記していくブログです。

終わりの終わりと終わりの始まり



学生生活が終わるのは、平均寿命まで生きたとして大体人生の1/4くらいが終わることに過ぎずむしろ人生これから頑張らないとね。 と言った具合に考えると今までは起承転結の「起」であって、マイルだったら2ハロンしか走ってないくらいなので 人生の始まりが終わったね(終わりが始まったね)と考えるのはえらく妥当なのですが、 俯瞰的に見た時間ではなく、もっと短い、ある程度のスパンにおける終わりはなくなるんだろうなと痛感しています。

今まで

今までの人生における身分はほとんど学生。 学生というものは、大学でかなり自由になったとは言え、スケジュールは結局学校の決めたカリキュラムなり何なりに沿う形でしか進行してきませんでした。 6年なり3年が学年に分かれ、さらに1年が学期に分かれ、でもって学期がテストなどで分けられ、毎週の時間割も決められます。 来週までの宿題の期限があって休みは日曜日で終わりそれを何回繰り返せば卒業という、終わりが見える枠組みの中で生きてきたわけです。 大学と言えど例外じゃなく、4年(まあ僕は5年かかってますけど)で終わるからその中で大学の決められたカリキュラムの外で自由な時間を使ってきただけな気がします。 入ったら(やることをちゃんとやれば)勝手に進み、終わる。 今までの僕の人生は本当にこの繰り返しでしかなかったなあと思うのです。

これから

しかしまあ社会人になるとそうした終わりは見えません。と聞いています。 何か突発的なことによって社会的あるいは真に生物的な死をもって終わることはありますが、それはどうやっても観測しえないものです。 仕事における年度やタームなんかは終わりがありますしそれに基づいて仕事をしていくので何の指針もないわけではありません。 ですが、会社勤めの終わりというものははるか未来の定年退職まで設定されていないのです。 今は転職について考えていませんが仮に転職するにしてもそれは終わりじゃなくて自分で終わらせることでしかないと思います。 今までも持っていたとは言え、終わりがなくなり終わらせるという自由を手にすることは自分の人生に対しての責任を持つことに他ならないなと。

覚悟

用意された終わりが限りなく無い生活を人生を歩むということは、今までの人生とは異なり文字通り想像を絶するのではないかと今更、本当にイマサラカンガエテイマス。 本当に片言になるレベルですよ。 起業する人や独立する覚悟のある人はさらに僕よりも荒野の道を行くのだと思うと畏敬の念を抱かずには居られません。 本当にこれから、いや明日からは今までのようには生きられないのだと強く肝に銘じておく必要があるなと思いました。 半年大学にも行かず暇をしてきた僕の生活は明日から劇的に変わるのですが、やっぱりそれでも自分自身の考えや意識は急に変わらない確信を持っているので、もっと真摯に生きる他手立てはないのです。 ああ儚き哉モラトリアム!