ゲインオーバー

MUGA, I am.

『ヒューゴの不思議な発明』を観てきました

3月1日(木/映画の日)公開 映画『ヒューゴの不思議な発明』公式サイト

まず、初めにヒューゴは何も発明しないので、『のび太と恐竜』みたいに『ヒューゴと不思議な発明』にした方がしっくりくると思いました。 さて、父を失ったヒューゴとどうも過去に何かあったらしい爺さんジョルジュの喪失と再生というか、立ち直りの物語なのですが、後半は「映画ドヤっ!」レイヤーがちょっと強かったかなと感じてしまいました。以下、ネタバレ含みます。

あの不気味なあいつ

予告編を観て、あの不気味なオートマトン、機械人形が何かしら秘密を持っていて活躍するのかなくらいに思っていたのですが、重要なファクターとは言えあまり活躍せず、どうしてオートマトンを選んだのかが最後まで分かりませんでした。ぜんまい仕掛けのオートマトンが絵を描くなんて夢みたい!、というくらいに月世界旅行などの当時の映画は当時の人にとって夢みたい!だったということなのでしょうか。

時計職人の延長線上にオートマトンの製造が来るようにはあまり思えませんし、劇中でもメリエスがオートマトンを作った件はあんまり詳細が描写されていないしで、不気味なあいつ不要説が浮かんでしまいます。例えば、メリエスの映画のラフスケッチが入っているぜんまい仕掛けで鍵がかかるような箱だったり、砂絵みたいな感じで映画を写すディスプレイのようなものだったりした方が映画とリンクして良かったんじゃないかなと。

製作者が不明で未完成のヒトガタを、孤児のヒューゴが修理するというところに、何か意味があるのかもしれませんが、これは映画でみんなをワクワクさせる素敵な娯楽なんだから細かいこと気にしてちゃいけませんよね!

映画って良いなあと思える作り

メリエスの過去を振り返る中で、映画黎明期の物語が分かりやすく、今まで知らなかった人も興味を持てるようになっています。『列車の到着』で観客が驚いたり、元々手品師のメリエスが手品的なトリック表現がある作品を作ったりが描かれています。ふんだんに挿入される映画黎明期の作品も大画面で観るとまた新鮮でいいですね。

初めてシネマトグラフを観た時に一目惚れしてのめり込んで映画に全てを捧げた若き日、でも第一次世界大戦で映画をやめることを余儀なくされて夢をあきらめざるを得なくなり、色々と諦めて過去を忘れ駅の小さなおもちゃ屋で働く日々。今では映画のことに触れるだけで不機嫌になってしまう。でも、色々あった末に過去を受け入れてまた映画と出会って復活を遂げる。

という流れは、映画じゃなくても各人の趣味、あるいはかつて好きだったけれど諦めたものに置き換えても成り立つと思うので、ここがハマれば感動すること間違いなしです。この流れの中で映画が当時先進的で、人々に感動を与えていたかが推し量れるので映画って良いんだなあと改めて感じました。

残念ながら近所の劇場で吹替版のみ3D上映という誰得なスケジュールだったので、平面版で観てきました。3Dだったらまた違う感想を抱いたのかもしれません。でも、ファントム・メナス3D版の予告でルーカスが「2Dでも3Dでも大画面がいいんだよ!」と言っていた気がするのでそこそこの画面で観られて良しとすることにします。