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ゲインオーバー

MUGA, I am. 映画のことや英国のこと、加えてゲームやテクノロジーも。気になることを気侭に記していくブログです。

『アンドロイドは人間になれるか』を読んで考えさせられた

感想 読書


ロボット工学者の石黒先生による新書。今まで作成してきたロボットの紹介にとどまらず、開発や研究の結果浮き彫りになる人間の意味や存在意義について石黒先生の考察が書かれていて、人間とは何かを強く考えさせられる一冊でした。

特に最後の「アンドロイド的人生論」の章は、あまりにロジカルで直接的な石黒先生の価値観が綴られていて、刺さりました。薄っぺらい個性や自分らしさというものを大切にする人は、すぐに好き嫌いや個性を見出そうとする。しかし彼らは、すべてを受け入れて熟考する処理能力がないから、好き嫌いといったレッテルを貼って二項対立にしてしまうのだと一刀両断。石黒先生がどんな方なのかが垣間見えると言う意味でもとても興味深いです。

以下、特に気になったところと感想を少々。

スマホに使われる人間

人間の活動がロボットに取って代わられる(既に取って代わっている)ことを記した章で紹介されていた、以下の研究をしていた学生の話が衝撃的でした。

実世界における仕事の多くは人が判断し実行しているが、その際にミスは起こりがちである。自らの経験則によってミスの発生を回避することは可能だが、その熟練した経験則を得ることは容易ではない。一方で、これらの仕事の多くはマニュアル化されたものであり、プログラムとして記述可能な点が多い。ならば、仕事の実行主体である人間をプログラムモジュールとして利用可能にすれば、仕事をプログラムとして実行できるようになると考えられる。このような環境下では、プログラム通りに仕事を厳密に実行していくことになり、人は人でしか実行できないような仕事に集中し、ミスを抑え、効率的に仕事を実行していくことが可能となる。  そこで本プロジェクトでは、上記のように人がプログラムからの指令に従うことで、人が経験則などに左右されず業務の遂行や目的の達成が可能となるような仕組みを実現する。そのために、プログラム上で人をモジュールとして扱えるようなプログラミング環境を開発する。具体的には、プログラムから人に対して命令を送れるライブラリと、プログラムからの命令を受け取り、人が処理した結果をプログラムに返すようなアプリケーションの実装をする。また、分散処理の仕組みを取り入れ、多数の人を対象とした命令配信を可能にする。  本プロジェクトの仕組みにより、人間からの返り値と実世界情報などを組み合わせた、より柔軟な人・実世界のプログラミングが可能になるため、様々な応用が期待される。 未踏IT人材発掘・育成事業:2013年度採択プロジェクト概要(馬場PJ):IPA 独立行政法人 情報処理推進機構

「ロボットをプログラミングする」のではなく「人間をプログラミングする」ことが可能かを実験しているんです。具体的には、大学の学生を実験対象にして、授業に出席し論文を読み書きするといった学生生活を送るように逐一スマホから人間に指示を出しす実験を行ったのだそうです。その結果、プログラミングを導入した学生の方がそうでない学生に比べて効率良く勉強を進めることができたと記されています。

これはつまり、勉強を要素分解していくと再現可能なもので構成されていると言えるわけで、勉強ができるんだとすると、仕事でもルーチンワークの類であれば確実に再現可能、プログラミングできるでしょう。本書でも秘書やファストフード店の店員はプログラムできると書かれています。技術の進歩で10年後になくなる仕事が紹介されて以前に話題になっていましたが、既にこういう実験が日本でも行われているんだとすると、10年と言わずもっと早い段階でルーチンワークは消えてもおかしくないと強く感じました。

こういった形で現在は人間が行っていることをロボットができるようになると、では人間には何が残るのだろうと当然思います。本書では「曖昧で、タスクの定義がきれいにできていない領域では、ロボットはまだ人間に勝てない」とあります。曖昧な領域ならチャンスがあるとも取れますが、「まだ人間に勝てない」という表現はいずれロボットが人間に勝つという意味でもあると思います。昨今話題になっているディープラーニングが画像検索の精度を押し上げたように、違う角度からタスクの定義を行う技術的ブレークスルーが起これば、いつかは分かりませんが、今大丈夫だと思っている分野もロボットに取って代わる可能性が十分あるわけです。

人間ができることはほとんどロボットができる可能性があるとなると、人間とは何なんだろうと考えてしまいます。安易に人に心があるとか意思があるというのは、本書に出てくるロボットの実験から分かることを踏まえると、もはや何の説明にもなっていないのです。ロボットを使って話すことで、人間と直接話すよりも安らぎを感じることがあったら、ロボットには心がないと言えるのかどうか。

このまま行けば、人間だから、ロボットだからという区別や比較が意味を成さない日が早晩来るのでしょう。夢みたいです。ロボットの話を学ぶつもりが、読んでみたらもっと広くて深い哲学の話が展開されている、熱のこもった良い本でした。